日高町にある熊野九十九王子の神社 内原王子神社 (高家王子)

和歌山県指定重要文化財となっています。古くは高家王子と称していて、現在は高家王子跡となっています。皇族の熊野詣の際には、宿泊所や休憩所としても使われてたそうです。
今は内原王子神社となっています。綺麗なトイレも設置されているので熊野古道紀伊路歩きの休憩場所です。神社の南側に駐車スペースがあります。

高家王子
天仁二年(1109)に熊野参詣をした藤原宗忠は、十一月九日に大家王子社に参詣しています。

それからおよそ百年後の承元四年(1210)、後鳥羽上皇の後宮・修明門院の熊野御幸に随行した藤原定家も、四月二十六日に高家王子社に参拝したことを日記に記しています。

境内には「長床」という僧の修行場ないし宿泊施設が設けられており、法華寺という別当寺があったようです。

東光寺との関係は明らかではありませんが、東光寺は高家王子社の北東にあったことから、東光寺王子とも称されます。

明治時代に倒壊したためその後再建されています。

神社名は、大蔵省管財局の指示で村の名称を使用して、昭和十八年に内原王子神社となりました。

なお、旧社地は現在の地よりも北にあったと推定されていますが、詳細は不明です。

愛子の渕由緒

ここより南五〇米に「愛子の渕」がある。

江戸時代、この近くの豪族、奉政助の一子亀千代は生まれつき目が見えず、なげき、円応寺(現在廃寺)の観音さまに願かけしたが、その効もなく前途を悲しみ渕に身を投げた。

政助はしばらく村人も亀千代の行方は知れなかったが、やがて百日忌を閉じ、今、地獄へ落ちるという観音さまのお救いに助かった……と言った。

一同はその神秘に呆然と喜んだ。この事があってから、この渕を「愛子の渕」と呼ぶようになったという。

日高町教育委員会

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和歌山県日高郡日高町萩原1670