






大峰山寺の周辺に建ち並ぶ宿坊を見て、参拝よりも気になったことがありました。
「これ、どうやって建てたんだろう」
山頂近く、標高約1,700メートル。今のように重機も道路もない時代に、これだけの建物を造るなんて想像もつきません。
太い柱や梁、瓦、建築資材を一つひとつ人の手で運び上げたのでしょうか。考えれば考えるほど、その労力は途方もないものだったはずです。今でも登るだけで息が切れる道のりなのに、昔の人は荷物を担ぎながら何度も往復していたと思うと、ただ驚くばかりです。今完成した建物を見て「立派だな」と思いますが、本当にすごいのは、それを造り上げた先人たちの執念と信仰心なのかもしれません。
便利な機械もない時代に、「この山にお堂を建てたい」「修行の場を守りたい」という強い思いだけで、多くの人が力を合わせて造り上げた。その情熱が、今も宿坊や大峰山寺に息づいているように感じました。
登拝中は西の覗きや鐘掛岩など目の前の修行に意識が向いていましたが、帰り際に宿坊を見渡すと、「この建物そのものが、何百年も続く修行の結晶なんだ」と思えてきました。昔は当然、車道もヘリコプターもありませんでした。木材や瓦、釘、食料に至るまで、修験者や講の人々、地元の村人が背負子(しょいこ)で山頂まで担ぎ上げました。一本の柱でも複数人で交代しながら運び、太い丸太はロープで引き上げたと考えられています。修験道では「奉仕」も修行の一つとされ、多くの講中が建設や修繕に参加したそうです。
今現在、山頂付近には現在5つの宿坊がありますが、江戸時代にはすでに存在していたとされます。築100年以上の建物もあり、修繕を重ねながら今日まで維持されています。
全て人の力で成し遂げているのです、山の険しさだけでなく、それを支え続けてきた人々の努力にも、大峰山の本当のすごさを感じた一日でした。