
ポカリもゲットだぜ!
洞辻茶屋から吉野まで20キロ、修験道の道は厳しく険しいものです。






大峰山への登拝で、本当にありがたかったのが洞辻茶屋です。ちょうど喉も渇き、体力も落ちてきた頃だったので、冷えたポカリスエットとゼリーチャージを購入。山の中で口にする冷たい一杯は、街中で飲む何倍もおいしく感じました。茶屋の方もとても親切で、登拝者一人ひとりを気遣ってくださる姿が印象的でした。こうした方々に支えられているからこそ、安心して大峰山へ登ることができるのだと実感します。
何百年も受け継がれてきた修験道の文化が少しずつ変化していることに、時代の流れを感じました。それでも、険しい山道を登り、洞辻茶屋で一息つき、山を守り続ける方々とお話しできたことは、とても貴重な体験でした。大峰山は、美しい景色だけではなく、人の温かさや信仰の歴史に触れられる場所です。
あと、洞辻茶屋で冷えたポカリスエットとゼリーチャージをいただきながら、
茶屋の方に修験道の千日修行のお話を伺いました。その内容が、想像をはるかに超えるものでした。
まず驚いたのが、修行中は必要なこと以外、人と話してはいけないということ。仲間と一緒に歩いていても雑談はせず、ただ黙々と山を歩き、自分自身と向き合うそうです。
さらに、朝は暗いうちに出発するため、街灯など一切ない真っ暗な山道を歩くこともあると聞き、「昼間でも怖かったのに」と思わず絶句しました。西の覗きや鐘掛岩、油こぼしで足がすくんだ自分には、とても想像できない世界です。そして極めつけが、吉野から大峰山寺までの険しい道を何度も往復を千日sるから千日修行。一度登るだけでも足がパンパンなには、その距離と回数を聞いただけで「それはもう別世界だ」とビビるしかありませんでした。
修験道とは、山を登ることが目的ではなく、恐怖や弱い心、自分自身と向き合い続けることなのだと実感します。茶屋の方からは、昔は全国から多くの「講」の皆さんが登拝し山は大変賑わっていたものの、近年は講の数も減少し、コロナ禍で活動を休止したまま再開できず、そのまま解散してしまった講も少なくないと伺いました。何百年も受け継がれてきた修験道の文化。その重みを知れば知るほど、大峰山は「登山」ではなく「登拝」と呼ばれる理由が、少しだけ分かった気がしました。