
約50mの険しい崖。油をこぼしたように足が滑る難所だったと言われています。
油こぼし、名前だけ聞くと不思議ですが、実際に目の前に立つと納得します。岩肌はツルツルとして急勾配。「まるで油をこぼしたように滑りそう」と言われる由来がよく分かります。
実際に歩いてみると、足元には十分注意が必要で、一歩踏み外せば大事故につながりかねない緊張感があります。もちろん登山道として整備されていますが、「ここで気を抜いたら危ない」という空気が常に漂っています。
大峰山は、こうした険しい場所が次々と現れます。ただ山頂を目指すだけではなく、自分の恐怖や油断と向き合うことも修行の一つなのだと感じました。現代の生活では、転ばないように舗装され、危険な場所には柵があります。しかし、大峰山では自然そのものが先生です。「慎重に歩け」「慢心するな」と、山が静かに教えてくれているようでした。油こぼしを無事に越えたときは、安心感と同時に、「昔の修験者たちは、この道を何度も歩いて心を鍛えてきたんだな」と感慨深い気持ちになりました。派手さはないかもしれません。でも、一歩一歩を丁寧に積み重ねることの大切さを教えてくれる場所。それが油こぼしでした。大峰山は、景色を楽しむだけの山ではありません。自然の厳しさを通して、自分自身と向き合うことができる山。だからこそ、多くの人が何度もこの山へ帰ってくる理由が少し分かった気がしました。