田並駅から歩いてすぐ、飛渡谷道(とびやたにみち)へと入って山道

田並集落と有田集落を結ぶ全長400mの道には苔むした石畳が残ります


ここは田並駅前です。熊野古道大辺路の矢印が出ていますのでわかりやすいです。


串本の世界遺産ということでのぼり旗が立っていました。
富山平見道、新田平見道、そしてここ飛渡谷道、清水峠になります。


飛渡谷道(とびやたにみち)

『熊野巡覧記』に「此所、石灰を焼業とす」とあり、「此所」とは有田・田並地区のことで、「石」とはサンゴを指し、「灰」とはサンゴを焼いて出来る「漆喰の粉」のことである。
寛延三(1750)年の「苦草場争論に付願口上」に「灰方」としていた記載があり、「灰窯」でサンゴを焼いて漆喰を製造し、紀州藩等へ出荷していた。
和歌山城の白壁の漆喰はこの海岸で焼かれたものと地元では言い伝えられている。明治三(1870)年七月八日、日本最初の石造灯台として点灯した樫野埼灯台や、八年後に石造りとして改築された潮岬灯台の白亜はここの海岸で焼かれた石灰が用いられている。

このへんは高速工事で大きいダンプやトラックなど行き来が多いのですが、後10年も経てば完成してると思うので42号線の風情を楽しむことも少なくなるのだと感じています。
椿や周参見駅前などのように廃れるのでしょうが、これはこれで致し方ないものでもあって。

飛渡谷道抜けると串本海中公園あたりに出てきます、大辺路で巡る押印帳の旅では
「闘鶏神社/富田坂/安居の渡し/地主神社/周参見王子神社/長井坂/長井坂(見老津)/新田平見道/富山平見道/飛渡谷道/清水峠/二河峠/駿田峠」なのでこれでコンプリートになります。
大阪から田辺、田辺から那智勝浦、車でも電車でも移動ばかりしている身分からすれば、紀伊路、中辺路、大辺路をもう何回通ったかと思えば後白河法皇並みに34回記録は確実超えてたりしますが、こういった押印を通じて各地域を知ることはまた楽しきこと、です。