
清不動堂は極楽橋駅から女人堂に向かう不動坂の中ほどにあるお堂です。
『紀伊続風土記』には「女人堂より十七・八町下り、路の左に二間二四方の堂あり。本尊明王は大師の御作なりとか。昔根来法師の為に盗み取れけるとか。寛文年中、備前国上道郡金岡崎庄野三郎兵衛入道久玄と云もの、此堂を再建す、今の堂これなり。又、此に到るまで、嶮坂あり」と記されています。寛文年間(1661~1673)に再建されたことがわかります。本尊は不動明王坐像で、現在は高野山霊宝館に収蔵されています。清不動堂は明治16年(1883)に焼失しましたが、石倉重継著の『高野山名所図会』によると、明治20年(1887)に大阪伏見町の上田みちという女性が再建したようです。大正4年(1915)、高野山開創千百年記念大法会事業の一環として不動坂の新ルートが開設されたことにより、清不動堂は取り残された形になりましたが、大正9年(1920)に現在の場所に移転されました。