
「高野街道六地蔵」は、江戸時代の後半頃に高野参詣の旅人の安全を祈念して置かれたものといわれ、第一が橋本市清水に、第二が橋本市南馬場、第三と第四が九度山町河根の繁野と河根峠に、第五と第六が高野町西郷の作水と桜茶屋と伝えられています。現在は、車や電車で簡単に高野へ行けますが、昔は歩くしかなく、高野までの道中にまつられている6つのお地蔵様に手を合わせ、旅の安全を願い、その度に近づく高野山に思いを馳せたことが想像されます。一度、橋本から歩いて高野まで、いかがでしょうか。

「高野街道六地蔵」は、江戸時代の後半頃に高野参詣の旅人の安全を祈念して置かれたものといわれ、第一が橋本市清水に、第二が橋本市南馬場、第三と第四が九度山町河根の繁野と河根峠に、第五と第六が高野町西郷の作水と桜茶屋と伝えられています。現在は、車や電車で簡単に高野へ行けますが、昔は歩くしかなく、高野までの道中にまつられている6つのお地蔵様に手を合わせ、旅の安全を願い、その度に近づく高野山に思いを馳せたことが想像されます。一度、橋本から歩いて高野まで、いかがでしょうか。