天満橋の小楠公御墓所義戦之跡

紀元二千六百年を記念として建立された

楠木正成の嫡男正行がこの碑の前の大川でおぼれている敵兵を救助し食糧を与えて帰郷させたという美談が「義戦」 と称えられが、紀元二千六百年を記念として建立されたとのことです。
天満橋のキャッスルホテル、京阪モールの裏です。

1347年に楠木正成公の子、正行公がこの地で、山名・細川軍と戦いました。その時に川に落ちた敵兵を助けて、衣服や薬を与えて、京都に逃がしたそうです。この行為を称えるため、紀元2600年を記念した昭和15年に建立されました。

四條畷の戦いで戦死した楠楠木正行正成の長男は、大楠公にあやかって小楠公と言われますが忠義の武将でした。

日本の赤十字精神としての評価
近代以降、この美談は「武士道における博愛精神(ジュネーヴ条約や赤十字精神に通じるもの)」として高く評価され、大正時代には国際赤十字大会に絵画(小堀鞆音 筆『小楠公救敵兵』)が出品されるなど、海外にも紹介されました。この恩義に感服した元敵兵の中には、翌年(1348年)の「四條畷の戦い」で正行が討ち死にする際、恩を返すために楠木軍に加わって共に戦い、討死した者もいたと伝えられています。

南朝側として後醍醐天皇に仕え湊川の戦いで散った楠木正成、同じく南朝側で後村上天皇に仕え高師直と戦い散った楠木正行、忠君を誓い敗れたもののその生き方はやはり真似できないと感じるので、今もなお語りづがれるのだと感じます。水陸両用バスがその裏に止まってるあそこです。