芳養松原の芳養王子は紀伊路で藤原定家書籍にも記載

藤原定家の『熊野御幸記(くまのごこうき)』等にも記されている古い王子社

紀伊路ですが、京都・大阪から和歌山を経て熊野三山へと至る熊野古道(巡礼道)のメインルートの一つです。淀川から大阪湾へ下り、和歌山平野を経由して中辺路(なかへち)へと繋がる全長約150kmの道です。
いちおうスタートは城南宮ですが、淀川下ってくるので大阪のはちけんやがスタートとも言ってまして、上六あたりには「くまのかいどう」マンホールたくさんあるのも、この熊野古道の名残があるからでして、大阪から田辺に移動時には毎回紀伊路を通っている感覚です。

後白河法皇が生涯34回熊野詣したそうですが、くろしおと車入れたら年間34回以上は熊野詣してますので、まあまあ通勤路感覚です。
その中で今回は田辺市の芳養王子、藤原定家の『熊野御幸記(くまのごこうき)』等にも記されている古い王子社です。ちなみに書籍にはこの辺に来た時に「咳が止まらん、苦しい。宿もひどい」と藤原定家は苦しんでおられます、がっくり。

定家は結構ストレートな感じに書いていて、
・川わたるときに足くじいて、痛い
・風邪ひいて辛いのに海の水浴びた
・宿は狭くて漁師の小屋みたい
・海がめちゃくちゃきれい
・後鳥羽上皇様の御歌は素晴らしい
とか訳されてるのですが、なかなかの表現で面白かったりします。藤原定家は歌人ですがいわゆる役人的なものでもあるので、ちゃんと上皇様には敬意を持っていたりとかですが疲れてしんどいみたいな愚痴もあったりです。

ちなみに芳養松原、芳養王子は友達の家が近くにあるので、なんか不思議な感覚が否めません。

忠魂碑もありました。