念願の世界遺産、長尾坂です。長尾坂からの捩木、潮見峠からの栗栖川で滝尻王子、というルートですがなんぼのもんじゃいと、気合十分で行ってまいりました。
下三栖~滝尻王子は約15.8kmなのですが、下三栖までランニングで向かうという計算と、滝尻王子からバスですが諸事情あって市役所前で降りて自宅に帰宅ルートなので合計19キロくらいですが楽しんでまいりました、気温はまだ昼間32℃。
長尾坂を進んだ潮見峠超えは、ショートカットコースとして近世に入って以来使われていたコースだそうで、苔むした道端の岩に歴史を感じることができます。長尾坂は南北朝期に作られたそうです.。
とりあえず、長尾坂まではいわゆる普通のコースでして、万呂からの三栖があって御簾神社様におまいりして進みます。
長尾坂
上三栖 (坂本地区) から水呑峠 (水ヶ峠) まで続く長尾坂は、長さ約
1.7km、 熊野詣の人々に険しい坂として知られていました。南北朝時代 (室町時代初期) に潮見峠越が中辺路ルートとして使われ
るようになり、熊野古道の要所となりました。そのため、ときには合戦が行われることもあり、 1418 (応永25) 年に
しゅは熊野本宮の衆徒 (僧兵) と守護の畠山氏が、 この付近で戦ったことが
記録に残っています。また、江戸時代にはこの長尾坂の途中に一里塚が作られました。
和歌山から21里にあたるこの塚には、松の大木がありその下でよく 旅人が一休みしたと言われています。
Nagao-zaka Slope
During the Namboku era (early Muromachi era) (1334-1392) the Kumano pilgrimage route shifted from the original way along the Iwata gawa river (present day Tonda-gawa river) to the Shiomi-toge pass. The 1.7km long Nagao-zaka slope became a distinct feature of this route, known for its steepness
In historic times major religious sites held strong military and political power, subsequently drawing them into conflicts. The Kumano Sanzan shrines were noexception. Records show that a battle took place here in 1418.
In the peaceful Edo era (1603-1868), an Ichirizuka milestone was built nearby, 21ri (81.9km) from Wakayama castle, with large pines offering shade and protection to travelers.